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2015.2.12 「同志社創立者新島襄生誕之地」碑前祭を開催しました

 

 2月12日(木)、新島襄生誕の地、東京神田学士会館の生誕記念碑の前において、「同志社創立者新島襄生誕之地碑前祭」が開催された。当日は、前日までの寒気が弱まり、晴天のもと、約100名の参加があった。

 新島は、1843(天保14)年11月14日(陽暦2月12日)に、上州安中藩江戸屋敷内にて誕生した。その生誕の地において、学校関係者、校友、同窓の方々に加えて、今年からは、地元の自治会から錦町三丁目町会長もご出席いただき、新島の172回目の生誕記念日を祝った。

 10時45分に、北法人事務部長の司会で始まり、一同で讃美歌312番を斉唱の後、水谷学校法人同志社理事長の聖書朗読・祈祷に続いて式辞があり、関係者へお礼を申し上げられた後、「大磯の百足屋旅館で、新島はその時に集まった弟子達に、遺言状を書き取らせました。遺言の中には、学校が大きくなるにつれて、警戒すべきは機械的になることである。十分にその事を心に留めること。生徒を丁重に扱うべきこと。『倜儻不羈』なる書生をあっそくせず、その本性に従って、導いていくこと。常軌では律しがたい青年を抑えるのではなくて、それを受け止めながらその本性に従って、成熟へと導いていく。そのような教育をしなければならない。」と新島の遺言の紹介があった。

 次に卒業生を代表して同志社校友会東京支部の児玉正之支部長から「この碑は新島襄先生の生誕100周年の前年、99周年の時に造られたものであります。同志社新報によりますと、大勢の皆様と共に錦町の児童会、子供さんが200人除幕式に参加をされて、その代表者の方が「新島先生の様に頑張るんだ!」というご挨拶をされた。というのが新報に載っております。改めてこういう事を、感じるということは、我々校友は改めてこの地で、172年前、幕末の頃生まれ、そして20才で国禁を犯して、脱国をする。幼少期、青年期をこの地で育まれた訳でありまして、改めて地域の皆様に先生の事、そして同志社の事をお知らせする機会をもっともっと作っていかなければならない。それが我々校友の務めではないかなという風に感じた次第であります。」と挨拶があった。

 続いて地元を代表して、錦町三丁目町会前田会長から「今年で錦町3丁目町会というのが出来て、60年になります。こちらにある生誕碑は昭和16年、つまり錦町3丁目町会となる前の錦町町会の時代のものです。当時のエピソードとして、青山の石材店でこの石碑を作っておりまして、こちらにいざ運ぼうとした時に、トラックが動かなくなってしまったという事がありました。それならばという事で、当時の錦町の子供達が大八車を仕立てて、それを迎えに行ったというような逸話も残っております。こちらの場所というのは安中藩の江戸屋敷、江戸藩邸の跡地で、再開発のビルを1つ進行中です。そこに公園が出来ますので、そこに付けるのであれば、新島先生のお名前を冠した公園にしたいと申し出て、「きんさんしめた公園」という名称にしていただくようお願いしております。中に碑を置いて、これを全国的に、恐らくこの界隈はメディアに登場することが多いものですから、全国的に名前が出ると思います。皆様にも注目して頂きたいと思います。」との挨拶があった。

 その後、参加者全員でDoshisha College Songを歌い、最後に水谷理事長、児玉校友会東京支部長、前田錦町三丁目町会長が碑前に花束を捧げ、碑前祭は滞りなく終了した。

 今後、大磯や函館の碑前祭同様に、地元との連携をさらに深められることを願っている。

当日の様子

当日の様子

 

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