同志社墓地のご案内
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墓地には、新入生はもちろん、在校生も卒業生も訪れ、祈りを捧げています。また、墓参を定例行事としている学校や寮もあります。げかつて交わされた「校祖墓地を聖地として永遠に保存する」約束は時を重ねてなお、揺るぎないものとして守られ、る学校法人同志社はいまも創立記念日そして創立者永眠の日には早天祈祷会をおこなっているほか、ネ斤納骨のための日を定め、式をとりおこなっています。神に捧げる祈れそれは新島裏の生涯の歩みと同志社の歴史を想い起こし、見えざる御手の導きに感謝を捧げる祈りであり、新島裏の志を共に受け継いでいこうとする同志たもの決意を新たにする祈りです。いっせいに芽吹〈春、祭りの音を聴く夏、木々の葉が紅に染まる秋、そして寒梅が花開く冬。季節が移るたび、この墓地には、時空を超えた永遠へ向かつて捧げられた祈りがこだましています。r 。F 一本の木から鞍馬石、そしてラットランドの石へ。「葬儀は質素に。墓標は一本の木に新島裏の基とだけ書〈」。新島裏は、臨終の際こう言い遺して逝きました。彼の遺書どおり、最初の墓標は、簡素な木製でした。1年後の1891年、徳富蘇降仁よって、生前新島裏が噂敬していた勝海舟の手仁よる碑文が刻まれた鞍馬石に取り替えられています。1986年に事故で倒壊。修復が検討されましたが、削四年の時を経て、風化が準剛、すで仁困援であったことから再建すること仁決定しました。現在の墓は、3代自のものです。新島裏の訴えにより多額の献金が捧げられたアメリカン・ポ1F四年会開催地ラットランFの石、そして2代目と同巴〈勝海舟町揮毒に基づいています。

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